日本では自分の考えを人前でストレートに発言しないことが美徳であり、謙虚で奥ゆかしいと評価される文化がある様な気がします。この流れの中で、会議中意見を求められて何も発言せず、異議なしであるかのような態度を取っておきながら、会議終了後仲間とひそひそ、会議をリードしていた人や決定された内容について批判し、自分は常識を持ったリベラリストであるかのような行動をとる人がいます。こういう人達は欧米人から見るとアンフェアであるとみなされ、いつも直球勝負で生きている私が結構苦手にしているタイプです。幼い頃から教育の一環としてディベートやディスカッションで鍛えられ、集団の中で自分の考えをはっきり発言するように育てられて来た彼らからすると、公の場で意見を求められてもあまり発言しない日本人に対してはかなりの違和感を覚えているのではないでしょうか。


さて世の中には勇気を持って公共の利益の為に正論を主張する人がいます。しかし彼らは損得勘定で行動する利権がらみの勢力の前では無力であり、たとえ正論であってもそれをあまり強く主張すると、いたずらに敵を増やし社会的な立場までもが危うくなることもあります。こうして物知り顔の、いわゆる「オトナ達」は口を噤んでつぐんで世渡り上手な対応をし、負の遺産を後世に遺すことになります。本来であればマスメディアがこれら正論を取り上げ、検証・評価し、広く市民に知らしめる役割を担うはずなのですが、オピニオンリーダーとしての気概や誇りを持たず、忖度優先で様々なタブーに支配された彼らに、現時点では何も期待することは出来ません。


最近頻繁に、民意と言う言葉を聞くようになりました。様々な政策決定そしてそれを実行する際、民意と言う便利な言葉を用いて、皆が同意したのだからと半ば強引に事を進める場面を見せられるたび私は強い違和感と不快感を覚えます。メリット・デメリットを公平に両論併記した正しい情報提供は成されたのか?市民は本当にそれを望んでいるのか?決定するプロセスは公開の場で、映像や書類などで記録を残しながら、 賛成派・反対派の主張を平等に取り上げたのか?議会で言えば賛成した議員、反対した議員の名前とその主張は広報で公開すべきかと考えます。


税金が無駄に使われたり、国家財産が政治家の絡みで忖度され、不当に処理されたりする今の我が国の状況は本当に発展途上国並であり恥ずかしい限りです。卑しくも日本が先進国を名乗りたいのであれば、フランスのように会計検査院の権限をもっと強化し、政治家や他の省庁から完全に独立した組織としてすべての不正を許さず、最終的には会計検査院が厳しくチェックし処罰するという形にすることが必要であると考えます。投票率が最低を更新する中、歴史観を持たぬ利権絡みの一部有権者の意見を以って民意と言うなら、大衆社会における民意などあまり意味のないものとなるでしょう。アメリカでは世襲議員が5%と言われる中、自民党においては40%を越えるジュニア議員達が国会を埋め尽くしておりますが、有権者はもう少し真剣に、日本の未来を託すに足る人物を選ぶべきではないかと考えます。    2017.5.13